新幹線

嘗て小樽-釧路を走っていた「カラマツ」という列車をご存じだろうか?

今では考えられないが、鈍行(普通列車)にも関わらず寝台列車が付いていた名物列車である。
また、当時は稚内発函館行きという、とんでもない距離を走る鈍行もあった。

僕達、旅人は日々の宿代を浮かせるため、このような列車で移動したのが懐かしい。
この様な列車には、地元で生活する人達と旅人との接点が存在した。


至るに現在、青森まで新幹線が開通して今度は函館へと、北海道の新聞をにぎわしてきたが、新幹線用の駅である新函館の駅から函館までの区間をJRは経営分離して道に運営するよう求めている。

新青森もそうだが、そこに住む人たちの為の鉄道というよりも、首都圏からの移動手段として位置づけとしてJRは考えているようだ。

ところが本日の北海道新聞によると、札幌まで新幹線が延長された場合、函館-小樽間も経営分離して、新幹線との並行運営はしないと北海道知事に伝えたという。

千歳空港の利便性確保のため、ローカル線となった函館本線、函館-小樽間であるが、今度は新幹線が引導を渡す結果となるのか

政治家、経済界がこぞって中央に対して陳情し続けてきた、北海道新幹線の意味が不透明となりつつある。

地方の空港の赤字問題が取りざたされている昨今、新幹線など通してしまったら、札幌-羽田がドル箱路線の千歳空港は、一気にローカル路線となり果ててしまうのではないのだろうか???

魯迅

人が生きていくために、社会の中に必要な物は3つあると教えられた。

生きがい
使命感
愛情

かつて、魯迅は幼少期に母の病を救うため、四方八方を走り回り、頭を下げて救いを求めた医師に「母の病は腹部にあり。
よって長い年月叩かれた太鼓の皮をもらいうけ、煎じて飲ませれば治る」といわれた言葉を信じ母を失う

長じて、人々を救うため日本の東北大学の医学部に留学中、映写会にて日中戦争で日本人の将校に射殺される同朋の姿をみて、部屋を飛び出し中国に帰国後、作家となった。

有名な「灯篭事件」である

後日、彼は突然の帰国についてこの様に語っている

私に突然の帰国を決意させたのは、同朋が留学先の人によって殺された事を目のあたりにした為ではなく、見せしめのために圧制を轢いている日本の軍人によって殺される中国人をを笑いながら見ている同朋を目のあたりにしたからである」と

彼はその時点で中国に必要な物は、身体を直す医学ではなく、心を直す文学だと気付いたと語っている

中華の同胞よ 心を取り戻せ!

鮭釣り

久しぶりの鮭釣り

6年ぶりだろうか・・・

向かう先は網走港

今年は、全国的な猛暑のご多分に漏れず、北海道も猛暑の影響を受けオホーツクの海水温は5度近く例年より高い

秋刀魚が不漁というニュースは全国的

秋刀魚ほど話題性がないのかもしれないが、鮭も不漁

この時期、北海道のスーパーのチラシに必ず掲載せれる鮭が、いまだ1度も掲載されないほど不漁

水温が高か過ぎて、オホーツクの鮭の定置網にブリが200匹ほどかかったとか・・・

それでも、9月に入ればいくらか水温も下がるかと、往復約650キロを1泊2日で出掛けてきた

網走港にはいくつかの埠頭があるが、第4埠頭が鮭釣りのメッカ

しかし、アメリカの同時多発テロ以降、この埠頭は外国船の入港時には立ち入り禁止となるため、隣の第5埠頭は釣り人でいもの子を洗う状態となる

込んでいたら、諦めて枝幸に向かうつもりで網走に到着したのが午後4時過ぎ

第5埠頭の釣り人は2人のみ

「連れますか?」

「さっぱりだね」

帰るか・・・と思いつつ、第4埠頭の第一入口に行くと、数台の車の列

「ゲート、開くんですか」

「5時過ぎに開くらしいよ」

「ラッキー!」

ゲートで待つこと1時間半

ゲート開門と同時になだれ込む車、約15台

予告なしに開くので、とてもすいていてラッキー

自由に場所を選んでさて、釣りの開始

日暮れまでの2時間を竿を振るが、周りの人たち全て1匹の釣果無どころかあたりも無い

諦めて、コンビニに走り夕食の調達して、車の中で就寝の準備

ワインを1本空けて8時には眠りにつき、翌朝は4時起床

薄明りのなか、身支度を整えて海に向かってキャスト開始

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第四ふ頭は正面が知床連山の為、知床の山から登る朝日を眺めながらの釣りとなる

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この景色を見れるだけで、来る甲斐がある

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結局、11時まで7時間頑張って、1匹ゲツト

周りは60人ほどの釣り人で30匹ほどしか上がらなかったので、まずまずの釣果

オホーツク沿いには沢山の鮭釣りのメッカがあるが、何処も場所とりや喧嘩腰の釣り人で雰囲気が悪い中、此処の港は地元のお爺ちゃん、おばあちゃんも釣りをする、いたって家族的で居心地の良い場所でとても気に入っている

11時の納竿時には、平日の昼間ということもあつて、港に居る釣り人の平均年齢は60歳をゆうに超えていた

今度は10月

水温も下がって、複数の釣果を期待したいところだ


昔、鈍行列車で・・・・

子供達が二十歳を超え、それぞれに彼氏が、彼女が、という年になってきて想いだすこと...

尼崎に住んでいた18歳まで、冬と春の休みは、スキー目的で必ず白馬の旅館に住み込みアルバイトに出かけていた。

高校になると、夏休みを自発的に1週間長くして9月の初めにも北アルプスを目指し中央線の鈍行を乗り継いで北安曇郡を目指し白馬岳の大雪渓でスキーをしていたが、たまたま乗り合わせたおばあさん

昔ながらの濃紺の木枠の座席に着物姿で正座した、ちいさなおばあちゃん

孫のような僕と話が弾み、のんびりと過ぎゆく車窓の景色を眺めながら仰った一言

彼女はおるんかい?

いえ、クラブばかりの3年間でしたので、全く縁はありませんでした。

早まらんでええよ。近頃は好きになったらすぐ結婚しよるが、そんなことしたらあかんよ。
幸せな家庭を想像して結婚するから、チョット不幸せが続くとすぐ別れてしまう。

?????

結婚はな、こん人やったら、どんなに大変な時でも一緒に頑張れる、相手の嫌いなところが我慢できる、自分の嫌なところを見せれる、そんな人を選らばなあかんよ

おばあちゃんの幸せそうな顔の皺を見ながら、きっとこのおばあちゃんの旦那さんは、そんな人なんだろうな・・・と思ったことを今も思い出す。

幸い、我々夫婦も26年目。昨年は銀婚式を迎えることが出来た。

1年365日のうち360日以上は24時間、一緒に居るから喧嘩も多いが、子供達からは、お父さんはのろけ過ぎ、と言われるくらい未だ家内に片想いの僕

多分、死ぬまで片想いが続くのだろう・・・

松山湿原

日本最北端の高層湿原、松山湿原

美深町の郊外にある高層湿原に行ってきた。

びふか・・・あまり知名度のない街だが、結構面白そうなものがある

チョウザメ館、トロッコ王国、函岳、仁宇布の冷水・十六滝

残念ながら、湿原からの下りで雨となったため、今日は他は諦めることとなった

さて松山湿原だが、雨竜町の雨竜湿原程の規模は無いが、同じく北海道が誇る高層湿原

町から30分ほど山の中を車で走り、終着の駐車場から登山道を900m歩いて到着

登山道の途中にゴゼンハチバナや一輪草、二輪草など美瑛ではもう時期を過ぎた草花が花を付けている

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登山道はよく整備されていて、道にはチップがまかれ歩きやすくなっている。また入口には「どうぞお使いください」と根曲がり竹でつくった杖がおかれていた。

クマ出没注意の看板があちらこちらに掲示されていて、今にもヒグマに出会いそうな程、人気のない登山道を登る

今日は霧が立ち込め、見晴らしは良くないが、晴れていれば頂上(標高797m)にある1周1200mの木道が付けられた湿原からは、きっと別世界が広がるのだろう。

湿原の木道を行くと、一面のワタスゲ \(◎o◎)/!

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遠くは、雪が積もったように見える。

所々に沼が点在し、風雪に耐えた赤エゾ松やハイ松の間を霧が流れていく

この観光シーズン真っ最中にも関わらず、誰もいない、怖いくらい静かなひと時


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今度は秋にでも訪れたいと思う場所だった。



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