旅の記憶 トルコ

1997年、トルコでの旅も間もなく終わろうとしていたその朝、家内の悲鳴に近い声で僕は目覚めた。

「拓馬(息子)が顔中赤い斑点が出て熱が39度近くあるの!」

僕たちは、イスタンブールから地中海にそってトルコを西に旅し、港町アンタルヤからバスで内陸のカッパドキアを経て、黒海沿岸ある田舎町「サフランボル」に昨夜着いたばかりであった。

この地「サフランボル」は、現在は街並みが世界遺産となっているが、当時は宿のフロントですら英語が全く通じない田舎町であった。

アンタルヤで子供達が風邪をこじらせ1週間の病院通いとなった為、カッパドキア以外は、その後の旅の予定をキャンセルして、アンタルヤでお世話になった宿主が勧めてくれた静かな町「サフランボル」
で最後はのんびり過ごそうと昨夜やってきたばかり。

フロントで相談してくると、家内を落ち着かせ階下のフラントに飛び込むが、言葉が全く通じない。

手振り身振りで状況を説明しようとするが、全く要領を得ない中、10分ほどフロント前ですったもんだしていただろうか。

騒ぎを聞きつけて集まった宿泊者達の中の一人のトルコ男性が片言の英語で僕に話しかけてきた。

彼の話によると、イスタンブールから100キロほど離れた「イズニック」という大きな工業団地ある街でトヨタ車の販売の仕事をしていて、今日は出張でこの街に来たという。

彼の通訳で街に総合病院があることを知り、まずは病院へ行こうと場所を聞いてもらおうとすると、彼は、自分が車で連れて行ってやると言ってくれた。

厚意に甘え、宿に荷物を残し彼の車で病院へ向かった。

病院は想像以上に大きく、医師に英語でトルコに入国してからの息子の状況を説明すると、多分アンタルヤの個人病院で処方された薬が日本人の子供にはきつく、それが原因だと思うので血液検査をした
後、点滴をするので夕方まで入院をしてほしいと言われた。

看護婦に病室に案内され、検査結果を待って点滴が始まった。

過ぎゆく時間を病状の落ち着いてきた息子を眺めながら安堵していると、病室の窓から見える西の空が茜色に変わり始めた頃、突然テレビカメラとマイクを持った男達をつれ、先程の医師と婦長が病室に入
ってきた。

状況を理解できずに佇む僕たち夫婦に、医師はテレビ局に努める知人に今日のことを話したら、是非夕方のニュースで生放送したいということになってねと・・・・

点滴を受けている最中の息子のベットを挟んで、僕たち夫婦に対峙して医師と婦長が座り、医師の通訳でトルコの印象や、この街の印象を聞かれという設定。

緊張と驚きで、何を聞かれ何を話したか、今はほとんど覚えていない。

僕たち自身は見ることはできなかったが、我々家族の映像が、サフランボル近郊の家庭の夕方のニュースで流されたと思うと、顔から火の出る思いである。

しかし、今も心に残ると事件はこの後に起きた。

点滴が長引き、退院の目途がついた時には、今夜もこの街に泊るしかない時間となっており、明日のイスタンブールからの帰国便に間に合いそうもない。

一旦、宿に帰り連泊のお願をした後、対策を考えようと思っていた時、この病院に連れてきてくれた彼が病室に入ってきた。

彼の顔を見るまで彼が居なくなったことにすら気付かなかった自分達に唖然としながらも、礼を言えることに安堵し、心配してきてくれた彼に、手短に現状を説明した。

すると、彼はこの街からイスタンブールまで約400キロ、自分は日本という国が大好きで、トヨタのいう会社で働いている。

今から出れば、「イズニック」の街には明日の朝には着くので、そこからバスでイスタンブールへ行くことが出来ると言う。

我々は、支払いを済ませ後、彼の車で宿に戻り荷物を積み込んで一路イスタンブールへ出発した。

この時期、トルコではラマダンと呼ばれるイスラム教の絶食期の最中で、日の出から日没までイスラムの人達は水も含め、一切のものを口にしてはいけない時期。

イスタンブールへ向かう途中、大きな街ごとに彼は行きつけのレストランに入り、我々を知人達に紹介しつつ、山のようにトルコ料理を我々にふるまってくれた。

「イズニック」の街には、朝の4時くらいに着いただろうか。

知り合いのホテルに連れて行かれ、ここはバスターミナルのまん前だから、少し睡眠をとってから行くと言いと言ってくれた。

ガソリン代はもちろんだが、御礼にいくばくかの謝礼を手渡そうとする僕に、彼は言った。

「帰国したら僕に手紙を書いてくれないか。謝礼なんか使ってしまえば無くなるが、君から届いた手紙はずっと僕の手もとに残るだろうと」

帰国後、すぐに日本の写真集と手紙を小包で送り、彼からの返事を心待ちにしていた時、ニュースが流れた。

トルコで大地震、「イズニック」は壊滅状態。。。。

その後、何度か彼へ手紙を書いたが、返事は無かった。ただ彼、ギムッシュの無時を祈り続けるのみである。

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